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性格ではなく、目標かも

神格の話題を少ししましたので、キャラクターの信仰にも関係してくる属性についても少々お話してみましょう。


PHBの101ページから詳しい説明がありますが、それによれば「キャラクターやクリーチャーの大ざっぱな倫理観や人生観を表すものが“属性”である」とあります。
ここで(私を含めた)多くの人が誤解する点が、“属性”=“性格”ではない、という事です。近しいものではありますが、属性はキャラクターの行動指針に過ぎないのです。
そして、人は常に「日々一貫した行動をとっているわけではない」(PHB101)という事です。つまり、同じ属性であっても同じ性格であるわけでなく、また、時には属性に反した行動をする事も有り得るのです。もちろん度が過ぎれば属性が変わってしまう(DM&PL判断)かもしれませんが、それは属性がキャラクターの生来のものであると同時に後天的なものでもあるという表れでもあるでしょう。


善と悪

PHBによれば、
“善”とは思いやり、生命を尊ぶこと、知性ある存在の尊厳を重んじることを意味する。善のキャラクターは自分を犠牲にしても他人を助ける。
“悪”とは他者を傷つけ、おさえつけ、殺すことを意味する。悪のキャラクターの中には、一片の慈悲も持たず、自分の都合で平然と他者を殺すものもいる。また、進んで悪をなし、楽しみのためや、悪の神や悪の主君の忠義だてのために殺すものもいる。
とあります。(PHB102)
中立の人はそのどちらでもあると言えるし、どちらでもないとも言えます。「罪なきものを殺すのは気がとがめるが、他人を守り助けるために自分が損をすることには熱心ではない。」「家族を守るためや、ことによると故郷を守るために自分を犠牲にすることはあっても、赤の他人のために自分を犠牲にすることはないだろう。」(PHB102)

また、“善”については『
高貴なる行いの書』(Book of Exalted Deeds:BoED)、“悪”については『不浄なる暗黒の書』(Book of Vile Darkness:BoVD)に詳しく書かれています。その中から少しだけ引用しましょう。

善とは、親切ではない。礼儀正しいことでもなければ丁重を意味するものでもなく、上品でも独善でも純真でもない。しかしながら善の属性を持つキャラクターは、これらの特徴の一部を持つかもしれない。善とは、天上の諸次元界が放つものすごい聖なるエネルギーであり、悪を粉砕する。善は自己犠牲であり、公正であり、希望であり、慈悲深く、正義である。」(BoED5)
さて、善の行為(高貴なる行い)がBoEDではいくつか具体的に挙げられています。
        ・他者を助ける
        ・慈善
        ・治療
        ・自己犠牲
        ・善の神々を崇拝する
        ・[善]の呪文の発動
        ・慈悲
        ・寛容
        ・希望を与える
        ・悪を改心させる
ただし、「善は必ずしも愚かではない」のです。(BoED5)
悪のキャラクターの悪の行いを支援する必要はありません。その判断をするため、慎重に行動する善のキャラクターもいるでしょうし、情報収集するものもいるでしょう。注意深い善のキャラクターももちろんいます。むしろ、善の行為を貫くには予断は許されないのです。

対して、“悪”は……実は難しいのです。
『不浄なる暗黒の書』によれば、“悪”の定義(概念)に「客観的手法」と「相対的手法」の2つの方法を挙げています。
「客観的手法」は言い換えると「断定方式」です。「このキャラクター(クリーチャー)は“悪”です!」とDMが言えば“悪”になる、という方法です。ゲーム的に割り切る方法とも言えますが、実に簡単です。『モンスターマニュアル』からモンスターを引っ張り出し、そのデータに“悪”と書かれていればどんな行為を行おうともそのモンスターは“悪”なのですから。
もう一方の「相対的手法」は観察者に依存する方法で、“悪”を“悪”と断定できない場合も往々にしてあります。ある一面では“悪”、またある一面では“善”というキャラクターも存在することになります。ある意味では“善”と“悪”の境界が崩壊する方法でもあります。例えば、仇討ちなどは当事者同士の事情や立ち位置により善悪が判断されます。現実に即していると言えますが、D&Dでは薦められていません。
BoED同様にBoVDでも悪の行為が具体的に挙げられています。
        ・嘘
        ・詐欺
        ・窃盗
        ・裏切り
        ・殺人
        ・復讐
        ・悪の神やデーモンを崇拝する
        ・死者に自立行動能力を与える、もしくはアンデッドを創造する
        ・[悪]の呪文を発動する
        ・魂を傷つけるまたは滅ぼす
        ・フィーンドと連れ添う
        ・悪のクリーチャーを創造する
        ・個人的利得のために他者を利用する
        ・強欲
        ・無辜の民をいじめる、あるいは脅す
        ・絶望を与える
        ・他者を誘惑する
他にも、フェティシズムとか中毒とかがあります。


秩序と混沌

PHBによれば、
“秩序”とは名誉、信義、権威に対する服従、信頼性を意味する。悪いほうに転べば、偏狭、旧弊の墨守、独断、融通のきかなさなどを意味することもある。
“混沌”とは自由、融通、柔軟を意味する。悪いほうに転べば、無分別、正当な権威に対する軽蔑、勝手なふるまい、無責任などを意味することもある。
とあります。(PHB102)
善悪の中立と違い、秩序と混沌に対する中立はどちらにも肩入れしません。むしろ、「中立を秩序や混沌にまさるものと支持し、秩序や混沌は極端であって盲点や欠点を抱えている」(PHB102)と考えているようです。

さて、しばしば混同されるのですが、“秩序”と“善”、“混沌”と“悪”はそれぞれ一致しません。D&D的には“秩序”と“混沌”は“善”もしくは“悪”(あるいは“中立”)に内包されるものです。“秩序的な善”“混沌的な悪”というように。

“秩序にして善”なるパラディンは“秩序”と“善”の狭間に立たされることがままあります。
例えば、ある裁判官が証拠不十分だが明らかな犯罪者を無罪にした場合。“秩序”は裁判官が下した結果を受け入れなければならない。しかし“善”は犯罪者に罪を償わせなければならない。ならば決定的な証拠を探し出すか何かしなければならないわけですが、この時点ですでに“秩序”的にはやや外れています。
では、どうするか。
“善”に従うべきなのです。「高貴なる行いを熱望するキャラクターにとって、最も優先順位が高いのは善なのだ。」(BoED10)
なぜなら、“善”は(D&D的に)絶対的なものですが、“秩序”は時・場所・場合によっては揺らいでしまうものだからです。

ゲーム的な見方になりますが、“秩序”“混沌”属性に対して恩恵や制約が無いことも属性としての縛りが弱い一因かもしれません。BoEDやBoVDに書かれているように、“善”と“悪”にはそれぞれゲーム的なメリット/デメリットがあるんですけど。

ですから、“善”“悪”に比べて“秩序”“混沌”はよりフレーバーに近いものなのです。
というか、ロールプレイの指針でしょうか。

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