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9つの属性

ここのところ、神格および属性に関する話題を中心にしてきましたので、ここで『プレイヤーズ・ハンドブック』(Player's Handbook:PHB)に記載されている9つの属性を抜粋、転載しようと思います。

さらに、善と悪については『
高貴なる行いの書』(Book of Exalted Deeds:BoED)、『不浄なる暗黒の書』(Book of Vile Darkness:BoVD)に詳しくありますので、そちらからも一部抜粋、転載しました。

以前にも書きましたが、これら属性はキャラクターの方向性であり、指針であり、傾向です。ある部分で、ロールプレイの手助けをするものです。抜粋した部分は各属性を端的に表していますが、絶対的なものでもありません。
キャラクターの性格をもっと絞り込みたいのであれば、先のBoEDBoVD、『
プレイヤーズ・ハンドブック2』(Player's Handbook2:PHB2)、大全シリーズ、種族シリーズ、各種プレイヤーズ・ガイドなどが参考になるでしょう。



秩序にして善、“聖戦なす者
真実を告げ、約定を守り、困っている者を助け、不正に反対する意見を堂々と述べる。罪ある者が罰されずにいるのを嫌う。(PHB102)
彼らは、道徳は法制化できると確信している。そのため、善の行動を教え込む法律や習慣を持つ、公正な社会の確立を推進している。(BoED11)


中立にして善、“恩恵なす者
ひとりの善良な人間としてできる限りのことをする。熱心に他人のためをはかる。(PHB102)
彼らは善の理想だけを信奉しており、その他は顧みない。善を推進する法律だけを支持するのであり、法が法であるがゆえに支持するわけではない。個人の自由という概念を好んではいるが、誰もがそれを持つべきだという確信は持っていない。(BoED11)


混沌にして善、“叛く者
もっぱら己の良心に従って行動する。善や正義がこの世にあることを信じているが、法や規則はあまり好きでない。人が他人をおどして言うことをきかせようとするのは我慢がならない。(PHB103)
混沌にして善の冒険者は、悪が悪であるがゆえに悪と戦う。それが違法だからではない。彼らは、悪を滅ぼすためであれば、既存の秩序を転覆させるのをほとんどためらわない。(BoED11)


秩序にして中立、“裁く者
法や習わしや己を律する掟に従って行動する。秩序と組織こそが最上のものと見なす。自分一個の規範を信じ、己の決めごとやしきたりに従って生きている場合もあるだろうし、万人のための規範を信じ、組織のしっかりした、強い政府を好む場合もあるだろう。(PHB103)


真なる中立、“選ばざる者
善と悪、秩序と混沌に関して、特にどちらかに強く心惹かれることはない。ほとんどの場合、中立というのは確固たる信念や偏向がないという意味で、進んで中立であろうとしている意味ではない。こうしたキャラクターも、善のほうが悪より良いものだとは考えている。(PHB103)
哲学として進んで中立にくみする者もいる。彼らは善や悪、秩序や混沌は偏見であり危険なゆきすぎであると見なす。(同上)


混沌にして中立、“自由なる者
気まぐれのままに動く、徹底した個人主義者である。自分が縛られず自由であることは大事だが、進んで他人の自由を守ってやろうとはしない。偉いものは避けて通り、あれをするなこれをするなと言われるのは我慢がならず、古いしきたりには刃向う。とはいえ、無秩序を求める戦いの一環として組織と見るやぶち壊すというわけではない。(PHB103)


秩序にして悪、“圧政なす者
伝統、忠義、規則は気にするが、自由、尊厳、人命は気にしない。事を運ぶにあたって掟には従うが、慈悲や同情は持ち合わせない。他人を行為によってではなく、種族、宗教、門地、階級によって軽蔑する。(PHB103)


中立にして悪、“罪なす者
罰せられずにやってのけられることなら何でもやる。純粋かつ単純に一身これ私欲である。利益や楽しみや都合のために人を殺し、相手のために一滴の涙も流さない。その一方、“混沌にして悪”の悪党とちがって、じっとしているのが苦手でもなく、もめごとを好むわけでもない。(PHB103)


混沌にして悪、“破壊する者
己の欲望、憎悪、破壊衝動の駆り立てるままにどんなことでもする。短気で獰猛、気まぐれ次第で乱暴をし、何をしでかすかわからない。単に欲しいものを手に入れようとしているだけのときでも無慈悲で暴力的である。(PHB104)

性格ではなく、目標かも

神格の話題を少ししましたので、キャラクターの信仰にも関係してくる属性についても少々お話してみましょう。


PHBの101ページから詳しい説明がありますが、それによれば「キャラクターやクリーチャーの大ざっぱな倫理観や人生観を表すものが“属性”である」とあります。
ここで(私を含めた)多くの人が誤解する点が、“属性”=“性格”ではない、という事です。近しいものではありますが、属性はキャラクターの行動指針に過ぎないのです。
そして、人は常に「日々一貫した行動をとっているわけではない」(PHB101)という事です。つまり、同じ属性であっても同じ性格であるわけでなく、また、時には属性に反した行動をする事も有り得るのです。もちろん度が過ぎれば属性が変わってしまう(DM&PL判断)かもしれませんが、それは属性がキャラクターの生来のものであると同時に後天的なものでもあるという表れでもあるでしょう。


善と悪

PHBによれば、
“善”とは思いやり、生命を尊ぶこと、知性ある存在の尊厳を重んじることを意味する。善のキャラクターは自分を犠牲にしても他人を助ける。
“悪”とは他者を傷つけ、おさえつけ、殺すことを意味する。悪のキャラクターの中には、一片の慈悲も持たず、自分の都合で平然と他者を殺すものもいる。また、進んで悪をなし、楽しみのためや、悪の神や悪の主君の忠義だてのために殺すものもいる。
とあります。(PHB102)
中立の人はそのどちらでもあると言えるし、どちらでもないとも言えます。「罪なきものを殺すのは気がとがめるが、他人を守り助けるために自分が損をすることには熱心ではない。」「家族を守るためや、ことによると故郷を守るために自分を犠牲にすることはあっても、赤の他人のために自分を犠牲にすることはないだろう。」(PHB102)

また、“善”については『
高貴なる行いの書』(Book of Exalted Deeds:BoED)、“悪”については『不浄なる暗黒の書』(Book of Vile Darkness:BoVD)に詳しく書かれています。その中から少しだけ引用しましょう。

善とは、親切ではない。礼儀正しいことでもなければ丁重を意味するものでもなく、上品でも独善でも純真でもない。しかしながら善の属性を持つキャラクターは、これらの特徴の一部を持つかもしれない。善とは、天上の諸次元界が放つものすごい聖なるエネルギーであり、悪を粉砕する。善は自己犠牲であり、公正であり、希望であり、慈悲深く、正義である。」(BoED5)
さて、善の行為(高貴なる行い)がBoEDではいくつか具体的に挙げられています。
        ・他者を助ける
        ・慈善
        ・治療
        ・自己犠牲
        ・善の神々を崇拝する
        ・[善]の呪文の発動
        ・慈悲
        ・寛容
        ・希望を与える
        ・悪を改心させる
ただし、「善は必ずしも愚かではない」のです。(BoED5)
悪のキャラクターの悪の行いを支援する必要はありません。その判断をするため、慎重に行動する善のキャラクターもいるでしょうし、情報収集するものもいるでしょう。注意深い善のキャラクターももちろんいます。むしろ、善の行為を貫くには予断は許されないのです。

対して、“悪”は……実は難しいのです。
『不浄なる暗黒の書』によれば、“悪”の定義(概念)に「客観的手法」と「相対的手法」の2つの方法を挙げています。
「客観的手法」は言い換えると「断定方式」です。「このキャラクター(クリーチャー)は“悪”です!」とDMが言えば“悪”になる、という方法です。ゲーム的に割り切る方法とも言えますが、実に簡単です。『モンスターマニュアル』からモンスターを引っ張り出し、そのデータに“悪”と書かれていればどんな行為を行おうともそのモンスターは“悪”なのですから。
もう一方の「相対的手法」は観察者に依存する方法で、“悪”を“悪”と断定できない場合も往々にしてあります。ある一面では“悪”、またある一面では“善”というキャラクターも存在することになります。ある意味では“善”と“悪”の境界が崩壊する方法でもあります。例えば、仇討ちなどは当事者同士の事情や立ち位置により善悪が判断されます。現実に即していると言えますが、D&Dでは薦められていません。
BoED同様にBoVDでも悪の行為が具体的に挙げられています。
        ・嘘
        ・詐欺
        ・窃盗
        ・裏切り
        ・殺人
        ・復讐
        ・悪の神やデーモンを崇拝する
        ・死者に自立行動能力を与える、もしくはアンデッドを創造する
        ・[悪]の呪文を発動する
        ・魂を傷つけるまたは滅ぼす
        ・フィーンドと連れ添う
        ・悪のクリーチャーを創造する
        ・個人的利得のために他者を利用する
        ・強欲
        ・無辜の民をいじめる、あるいは脅す
        ・絶望を与える
        ・他者を誘惑する
他にも、フェティシズムとか中毒とかがあります。


秩序と混沌

PHBによれば、
“秩序”とは名誉、信義、権威に対する服従、信頼性を意味する。悪いほうに転べば、偏狭、旧弊の墨守、独断、融通のきかなさなどを意味することもある。
“混沌”とは自由、融通、柔軟を意味する。悪いほうに転べば、無分別、正当な権威に対する軽蔑、勝手なふるまい、無責任などを意味することもある。
とあります。(PHB102)
善悪の中立と違い、秩序と混沌に対する中立はどちらにも肩入れしません。むしろ、「中立を秩序や混沌にまさるものと支持し、秩序や混沌は極端であって盲点や欠点を抱えている」(PHB102)と考えているようです。

さて、しばしば混同されるのですが、“秩序”と“善”、“混沌”と“悪”はそれぞれ一致しません。D&D的には“秩序”と“混沌”は“善”もしくは“悪”(あるいは“中立”)に内包されるものです。“秩序的な善”“混沌的な悪”というように。

“秩序にして善”なるパラディンは“秩序”と“善”の狭間に立たされることがままあります。
例えば、ある裁判官が証拠不十分だが明らかな犯罪者を無罪にした場合。“秩序”は裁判官が下した結果を受け入れなければならない。しかし“善”は犯罪者に罪を償わせなければならない。ならば決定的な証拠を探し出すか何かしなければならないわけですが、この時点ですでに“秩序”的にはやや外れています。
では、どうするか。
“善”に従うべきなのです。「高貴なる行いを熱望するキャラクターにとって、最も優先順位が高いのは善なのだ。」(BoED10)
なぜなら、“善”は(D&D的に)絶対的なものですが、“秩序”は時・場所・場合によっては揺らいでしまうものだからです。

ゲーム的な見方になりますが、“秩序”“混沌”属性に対して恩恵や制約が無いことも属性としての縛りが弱い一因かもしれません。BoEDやBoVDに書かれているように、“善”と“悪”にはそれぞれゲーム的なメリット/デメリットがあるんですけど。

ですから、“善”“悪”に比べて“秩序”“混沌”はよりフレーバーに近いものなのです。
というか、ロールプレイの指針でしょうか。

アライメント診断

私はこんなんでした。

●ローフル・グッド (Lawful Good)

このアライメントを持つ貴方は、道徳心のある政府に統治された秩序ある強い社会が、大多数の人々の生活をより良くしていくものであると信じている。
人々が法を重んじてお互い助け合う時、社会全体が繁栄する。それ故に、このアライメントの貴方は出来るだけ多くの人が得をして、損害を出来るだけ小さくするように努力する。
また、このアライメントの貴方は約束を破らない。

勤労な農民、心優しく賢い王、厳しいが公正な裁判官などがローフルグッドの人物の例である。


……とても心当たりがありますよ。
ちなみにここで診断。

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